■1989■ 音楽に目覚める。 ■1994■ 美鏡乱結成。(バンド名は、本人が当時憧れていたアーティスト"Gargoyle"のサイン会に行った際、ボーカルのKIBA氏にその場でつけてもらった) 新潟Z-1で初ライブを行う。 2曲入りデモ『初恋』を無料配布。 ■1995■ 美鏡乱解散。 Cuticul結成。 新潟Z-1で初ライブを行う。 椎名林檎やaiko、19などが出場したことでも知られる『第9回TEENS' MUSIC FESTIVAL』に出場。新潟大会にてオーディエンス賞(観客得票数が一番多いアーティストに与えられる賞)を受賞する。 BSNラジオ(新潟放送)『ぽっぷん王国ミュージックスタジアム』に出演。 『月刊にいがたタウン情報』にインタビュー記事が掲載される。 新潟O-DOで自らが主催するイベント『THRILL SHOW』を定期的に開催。 ■1996■ 4曲入りデモ『First Kiss』をタワーレコード新潟店限定でリリース。 First Kiss発売記念ライブを新潟O-DOで行う。 ■1997■ CHARA、UA、海外アーティストではSLAVAやBOYS AIR CHOIRなどを手掛ける大庭良治氏に見いだされ、メジャーデビューへ向けての準備が始まる。 新潟Z-1で3曲入りデモ『キューティクルの春物先取りコレクション』を無料配布。 ■1998■ 坂本龍一などを手掛けるエンジニア松田正博氏を迎えレコーディングを行う。 上京。 デビュー直前に複数のトラブルが生じ活動停止。 ホームレスになる。 Cuticul解散。 曲がまったくつくれなくなり、その後およそ二年間、表舞台から遠ざかる。 ■2001■ アイドル犬結成。 大宮駅前で積極的なストリートライブ活動を行うようになる。 ■2002■ 第1作品集『アイドル犬の凶犬病』を発表。 第2作品集『アイドル犬のお散歩日和』を発表。 第3作品集『早熟日記』を発表。 ■2003■ 第4作品集『平成15年ヒト科ノ標本』を発表。 第5作品集『ハッピーハウス』を発表。 ■2004■ 第6作品集『ねえ、女の子って何でできてるの?』を発表。 千葉テレビ『キャラキング』に数回出演。「くちびるの唄」「世界の食パン夫人」「卒業」「スミオおじさん」「見世物小屋で恋をした。」がオンエアされる。司会も務める。 第7作品集『試験放送ミニディスク』を発表。 ■2005■ 北浦和キャラで自らがオーガナイザーを務めるマンスリーイベント『恐るべきぱちぱちデビル』を開催。 ■2006■ 第8作品集『半熟日記』を全14曲入り定価3000円のカセットテープで発表。 ■2007■ 第9作品集『スーパーモデルの愛読書 1994-2006』を発表。 アイドル犬解散。 ■2008■ 高校生になる。 5月、誕生日の前日に実の父親の危篤の知らせを受け帰郷。すでに父親は他界していたが、そこで初めて実の父親の顔を知る(実の父親は元フラメンコギタリストの故・リカルド小林氏)。 ソロアーティスト、鶴巻まや(本名)として音楽活動を開始。 北千住駅前で路上演奏活動を行う。 自身の曲に限らず、シャンソンも歌うようになる。 鶴ケ島ハレでソロ初のライブを行う。 ■2009■ 日比谷公園で定期的なストリートパフォーマンスを開始。官僚やホームレス等、あらゆる人々を相手に歌うようになる。 ジャズやアメリカ民謡等もレパートリーに加わり、日仏英の三ヶ国語で歌うようになる。 ■2010■ 渋谷の宮下公園や原宿のキャットストリートでも、日比谷公園同様の活動を行うようになる。 MR.MAYA MUSEに改名。再び自身の楽曲中心の活動に戻る。 渋谷のインターナショナルラウンジバー、COZMO'S CAFEやRUBY ROOMに出演。諸外国のミュージシャン達と交流を深める。また、その音楽性を高く評価される。 ■2011■ 渋谷区恵比寿のbar YaYa eaisuで自らのライブイベント『渋谷区.JPN(しぶやくどっとじぇーぴーえぬ)』をプロデュース。 ■2012■ 高校卒業。 初音ミクの実験ユニット『the Cutie.JPN』をスタート。 ■2013■ ニューヨークへ語学留学。マンハッタン、グランドセントラルでストリートパフォーマンスを行う。 MR.MAYA MUSE名義で3曲入りCD『アナログ東京』をリリース。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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