「二人で小さなアパートとカフェを作ろう」 夫がそう言い出したのは、一人息子が自分の家庭を持ってしばらくしてからのことだった。それぞれの部屋のほかに、共有スペースとしてカフェを作る。もちろん、カフェは住人だけでなく他から来た人もくつろげる場所に。同じ建物に住んでいる人の顔が見えると安心するだろ?そう言う彼はもうずっと前から決めていたようで、次から次へと具体的なイメージを話した。 「私は、貴方が決めたことなら反対はしませんよ」 「ありがとう。そうだ、庭も作ろう。君、ガーデニングが好きだろう?」 子供のように目を輝かせた彼は、そうしようと頷く。 その日から、順調に話は進んでいき、住宅街の中に3階建てのアパートが経つことになった。1階には自分たちの居住スペースとカフェ、2階と3階がそれぞれ3部屋ずつで、合計6部屋のアパートが完成した。さっそく部屋を見に来たのは大学に通うために部屋を探していた高校生とその親だった。夫がアパートの中を案内し、カフェでお茶の準備をしながら待っていると、楽しげな笑い声が聞こえてきた。 「とても良いけれど、学校から遠いんじゃない?」 母親の言葉に、高校生はそうかもねーと返す。大学まではアパートから歩いて40分以上かかる。自転車を準備すればすぐ着きますよ、という夫の言葉に、他も見て考えてみますと親子は言い残し、カフェでお茶を飲んだあと帰っていった。 「ここに来てくれるかな?」 「そんな簡単にはいきませんよ。でも、これだけ貴方がこだわって素敵なアパートを作ったんですから、気に入ってくれる人はきっと居ますよ」 「そうだね。ありがとう。さて、もう少し頑張るか」 初めての住人は、それから何年も住み続けることになる後藤明という、背が高くボサボサとした髪が印象的な青年だった。ひと通り見てまわるととても気に入ったようで、それからすぐに引っ越してきた。 明をきっかけに部屋は埋まり、季節が繰り返すように、住人も入っては出てを繰り返していた。その中で、1号室の明と6号室に住む口数の少ない絵本作家だという男性が長く住み続けていた。 「ここ無くなっちゃったら俺困りますからね。マスターのコーヒー飲めなくなると死んじゃいます。」 「そんなこと言われても、歳も歳だしなー。でも、明くんがいてくれる間は頑張るよ」 「良かったー。あ、幸恵さん。今年も苺植えてるんですか?」 「野いちごだけど、植えてますよ」 「俺、苺の花言葉好きなんですよ。知ってます?」 「苺にも花言葉があるのかい?」 「私も知らないわ」 「幸福な家庭。他にもあったんですけど、それだけは覚えてるんですよ。苺を美味しく食べられる家庭が、幸福な家庭っていうことかなって思ってるんですよね。美味しいものを好きな人と食べられるって、普通に見えるけど幸せだなって」 「いい考え方だね。」 「これで、その相手が見つかっていればもっといいんですけどね。俺、もう30過ぎだし」 「明さんなら、きっと素敵な相手と巡り会えますよ」 「そうだといいんだけど。あ、俺仕事行かなきゃ。マスターごちそうさまでした。幸恵さん、また」 「ありがとう。気を付けて」 コーヒーの代金をテーブルの上に置いて、明はアパートを出ていった。代金をレジに仕舞い、コーヒーカップをシンクに置いた夫は、私の名前を呼んだ。 「君は今幸せかい?」 「もちろん。貴方と毎日楽しく生活が送れて、貴方の夢を一緒に叶えられて、私はとても幸せですよ」 「そうか。」 そう言って、彼は小さく笑うと人差し指で鼻をこすった。 「君が幸せにできているなら、僕も幸せだ」 それから、毎年庭には野いちごを植えるようになった。これは、私からの願いで、明に教えてもらった花言葉のように、ここに住む住民が幸福な家庭を持てるように。一人暮らしをしている住人が多いけれど、ここにいる間は幸せな生活を送れ、ここを出ていく時には、その先でも幸せな家庭で暮らしていけるように。 小さな花に、そんな願をのせて、アパートでの暮らしは続いていく。 [先頭ページを開く] [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
w友達に教えるw [編集] 無料ホームページ作成は@peps! |