小説

♦クリスマス 2012☆



「まずい」
口に出してみても、状況が変わらないようだった。待ち合わせの場所の目の前にある、渡る予定の信号はまだ赤だった。
「まずいな」
もう一度言ってみたが、信号は赤のままだった。クリスマスの人混みの中に彼女の横顔を見つけた。心の中で深く謝罪し、つい数十分前に寄ったアクセサリーショップの店員を恨んだ。
ようやく、信号が変わり走り出すと冷たい風が顔に刺さった。彼女に近づくたびに顔が笑顔になるのが分かった。
「ごめん」
「いいよ。私も今来たから」
彼女の優しさに感謝したのはこれで何度目だろうかと思った。明るい赤のコートに茶色のマフラーを巻いた彼女の鼻は真っ赤になっていた。
「コーヒーでも飲みに行こうか」
「そうだね」
コーヒーでもと言ったくせにコーヒーが飲めない事を思い出した。彼女の方はコーヒーが好きで、ストレートでも問題がない。近くのカフェに入り、彼女はカフェオレとミルクティーを頼んだ。
「今日はどこ行くの?」
「映画とか。この前見たいって言ってたのチケット取れたんだ」
「本当に?ありがとう。凄く嬉しい」
素直でありがとうとすぐに言える彼女が本当に凄いと思った。運ばれてきたコーヒーカップを彼女は綺麗な仕草で取り口に運ぶ。彼女の仕草はどれも美しかった。とりとめのない会話をしばらくして、映画館に向かった。二人とも映画が好きで、月に一回は映画館に足を運んでいた。二人はいつも小さな映画館に行った。彼女と出会った思い出の場所だ。
映画を見終わって予約をしていた野菜中心の和食の店に入った。ここでも色々な話をして、気付けば帰りの電車の中に彼女といた。並んで座った彼女は体を預けてくる。口元に笑みを残したまま、彼女は目をつぶっている。
「今日はありがとう。凄く楽しかった」
「私も楽しかったよ」
「もう二人でクリスマスやるの三回目だね」
「うん」
「左手出して」
彼女の冷えた手の薬指にシルバーのリングを通す。
「ありがとう」
彼女は目を閉じたまま言った。
「年が明けたら、二人でアパートを借りよう」
「いいよ。そのうち、両親に挨拶しに行かなきゃね」
「そのうちね」
彼女はもう一度ありがとうと言った。
彼女を大切にしたいと思った。彼女がいることが幸せで、それが彼女の幸せでもあるように。


End

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