「ありがとうございました。」 彼の好きなパンを買って外に出ると、雨が降り始めた。胸の前でパンの入った袋を抱えて、私は彼の家まで走った。 「おじゃましまーす・・・」 玄関のドアを開けて、静かに部屋に入る。彼は仕事をしている最中だった。真剣な表情でキャンバスと向き合う彼の邪魔にならないよう、椅子に座り彼を見つめる。 しばらくすると、彼は私の方を向いて、嬉しそうに笑った。 筆やパレットを机に置き、私の元に来る。お目当てはもちろん買ってきたパンだ。 「いつもありがとうね。」 「いいえ。」 バレンタインにチョコをあげても、誕生日にケーキとプレゼントを用意しても私の気持ちには全く気づかないような人だから多分、私のことをただのアシスタントとしか思っていないだろう。 幸せそうにパンをキッチンに持って行く彼をみて小さくため息をついた。 「どうした?」 「何でも無いです・・・」 「そぉ?」 そう言って、彼はじっと私の顔を見つめた。 「何ですか・・・?」 「目・・・充血してるよ? 疲れてるんじゃない?」 「大丈夫です。」 私は苦笑いをした。本当は最近ゆっくり寝ることが出来ていなかった。 「だぁめ!」 彼の声に私は驚いた。彼は私の肩を後ろから寝室に押して行く。 「疲れてる時はちゃんと寝ないとだめ!具合悪くなったら心配になるじゃん・・・」 私を自分のベッドに寝かせ、布団を掛けてくれた。 「ゆっくり寝てて。俺、仕事してるから。」 彼はそう言って笑顔を作ると部屋のドアを閉めた。布団に潜ると、絵の具と彼のシャンプーのにおいがした。 「あ、起きちゃった?」 夕方、リビングに行くと彼がキッチンに立っていた。 「今、ご飯作ってるから待っててね。」 「何か手伝う?」 私がキッチンに入ろうとすると、彼に止められた。 「今日は俺がやるから。」 いつもならご飯のことなんて言われるまで気付かないような人だから、キッチンに立つ彼を見ているのは不思議な気持ちだった。 「あっつ!」 彼の大きな声で我に返る。私は慌ててキッチンに向かい、彼の手を掴み水道の水で冷やした。コンロの上では鍋が泡を吹いていた。 「もぉ、危ないですよ。」 「ごめん・・・」 「一人でやるなんて言うから、こんなことになるんです。」 「はい・・・」 氷水を入れたビニール袋を彼の手に当て、さっきまで自分が座っていた椅子に彼を座らせた。 「ありがとう。」 「本当に気をつけて下さい。」 彼は冷やしている手を見つめながらため息をつく。 「俺、カッコ悪いな・・・好きな子にご飯も作ってあげられないなんて・・・」 「え?」 彼の顔を見ると彼は苦笑いをした。 「何にもできなくてごめんね?」 「・・・私は、絵を描いてる時の顔が好きなんです。」 「じゃあ、ずっと絵描いてる。」 「そうじゃないです。絵を描いてる顔も好きですけど、こうやって何気なく話してる時の笑顔も好きです。」 私は恥ずかしくなってきたのでキッチンに行った。 「ねぇ、今日、ずっとここに居てくれる?」 彼は甘えたような声で言う。 「明日は休みなので居ますよ。」 私がそう答えると、彼の表情が少しだけ明るくなった。 「じゃあ・・・ずっとここに居てって言ったら?」 「それって・・・」 私が顔を上げると彼は嬉しそうな顔をして立ち上がり、キャンバスの前に立った。 「これ終わらせたら、デートに行こうね。」 End [先頭ページを開く] [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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